割れ鍋に綴じ蓋 ―ワレナベニトジブタ―
第14回 割れ鍋に綴じ蓋現象
ワレナベニトジブタ?
確かに耳にしたことはある諺だが、はて、正確にはどういう意味で使っていただろうか?
ワレナベは当然割れ鍋だろうし、トジブタは閉じ蓋だろう。割れてしまった鍋を閉じる蓋と言うからには、どうせ蓋だってボロボロに違いあるまい。割れてしまった鍋など、蓋など出来ようはずもないだろうし、そもそも、する必要も無いのかもしれない。
となると、泣きっ面に蜂?弱り目に祟り目?踏んだり蹴ったり?それとも、貧すれば鈍する?
う〜ん、ちょっと、いや、だいぶ違うかもしれない。
しかし、いずれにしてもあまり人を良く言う諺とは思えない。博士は私たち夫婦がガラクタ同然の、その『ワレナベニトジブタ』だとでも言いたいのだろうか?
やや不満げな私の表情を、博士は見逃さなかった。
「鈴木さん、やっぱりあなたも勘違いされているクチですね」
「勘違い・・ですか?」
「そう、勘違いです。この諺、本来と違う風に思われがちなんです。ワレナベってのは、割れる鍋または、破れる鍋と書き、読んで字の如し、壊れてしまった鍋のことなんですが、問題はトジブタの方です。
実はこれ、閉じるための蓋という意味ではありません。綴じ蓋、つまり繕って修繕した蓋のことなんです。
壊れてしまった鍋にだって、例え繕ったような蓋でもぴったりと合う蓋がある。つまり、どんな人にも ぴったり合う相手がいる。転じて、夫婦の相性を称える、そういう諺なんですよ。
これはけっして、駄目な男女同士を揶揄するような、二人を馬鹿にした意味で使う諺ではないんです」
なるほど、閉じ蓋ではなくて綴じ蓋か。ふむふむ、それなら分かる気がする・・と、感心している場合ではない。
博士はなんだって急に私に諺なんかの説明をしたんだろう。
「鈴木さん、私はですね。先ほどのあなたも画面上でご覧になった現象、つまり、無作為に選んだ異世界の配偶者が全て一致していることを、『割れ鍋に綴じ蓋現象』と呼んでいるんですよ。
まず、その命名の意味を知っていただく為に、その諺の真の意味を知っていただきました。
割れ鍋に綴じ蓋現象。
これは、私とタカハシくんが依頼を受けた方々のパラレルワールドを覗き、様々な過去を切り取っているうちに気がついたのですが、例え何らかの弊害があって時間的な多少のずれは生じたとしても、最終的な夫婦の組合せは、どの世界でも、なぜか一致しているのです。
これに気づいてから私たちは、相当数のサンプルを収集しました。
石器時代から始まり、現在に至るまでの様々なパラレルワールド。そのそれぞれのいろんな時代のいろんな国の夫婦を、それこそ、気が遠くなるくらいの数サンプリングしたのです。
その結果は、全てが、一つ残らず、全く例外無く、なぜか、同じ組合せの同じ夫婦だったのです。一つの割れ鍋のつがいとなる綴じ蓋は、数多の世界においても、たったの一つだけしか存在しなかったんです。
これだけでも充分驚きなのですが、この現象は、実はもっともっと深いを意味を持っています。
例えば あなたの遠い祖先が、あるパラレルワールドの中では、もう一方の遠い祖先と結婚しなかったとします。すると、その世界の次の代から、あなたの祖先の一族は存在し得ないのです。
つまり、無数にあるパラレルワールドの中には、あなたが存在しない世界があったとしても何の不思議もないわけですし、同様に、あなたの奥様がいない世界だって、どこかにあって然るべきなんです。
よくありがちな設定の二番煎じの三流SFやファンタジーなどでは、異次元世界では現実社会の駄目な主人公が勇者になっていたりします。
確かに全く環境の違う世界というのも、可能性としてはない訳ではありませんし、いじめっ子ののび太や泣き虫のジャイアンがいる世界もありそうなものです。
もてもてののび太は、しずかちゃんとは結婚しないかもしれません。ところがしかし、現実には、私たちが無数にサンプリングした中には、そんなパラレルワールドの世界は、ただの一つも存在しないのです。
すべての世界に、あなたとあなたの奥様はこの世界と同様に存在し、あなた方は割れ鍋に綴じ蓋となっているのです。
これはもちろん、あなただけではありません。あなたの一族の全ての夫婦も、あなたの一族以外の全ての夫婦も、1組の例外なく全ての夫婦が、同じ組合せの割れ鍋に綴じ蓋として、全てのパラレルワールドの世界に存在しているのです。
理解力に優れ、カンの良いあなたのことです。私が何をくどくどと説明しているのか、もう既にお解かりいただいているでしょう?
そう、過去から連綿と続く、この何百代にも渡るDNAの積み重ねは、無数のパラレルワールドの数だけ、無数の選択肢があるにも拘らず、そこにはなぜか、たったの一通りの組合せしか存在しないんです。そう、この組合せこそが、言わば唯一絶対の組合せなのです。
私にはこれが、驚くほどの確率でおきる偶然とは、とても言えない。となれば、これらは、何者かの意思による必然であると言わざるを得ません。
遡って、人類が誕生する有史以前から、これだけの進歩を遂げた現在に至るまで。つまり、原始のアメーバーが細胞分裂するその回数を指定した何者か。進化した生物たちのその後の生殖において、夥しい精子の中から卵子に到達するその1つを選択し続けている何者か。
その何者かは、整然と、そう、まさに整然と大いなる力により我々を導き、そのたった1つの組合せ通りに、DNAを積み上げてきたということになるのです。
現時点では、この実にロマンチックにして驚嘆すべき『割れ鍋に綴じ蓋現象』は、物理学や生物学では、どうにも説明がつきません。
神の存在を肯定しない限り、私にはどうしても、この現象を説明することができないのです」
第15回「リンクする無数の私」へつづく
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