割れ鍋に綴じ蓋 ―ワレナベニトジブタ―
第10回 遺伝子の為せる業
「親の心子知らず」とはよくぞ言ったものである。
画面の中、私の心を見透かしているであろう父親を見て、親とは、子が思っているよりも遥かに経験を積んだ大きな存在、酸いも甘いも噛み分けてきた、練れた「大人」なのだということを、恥ずかしながら思い知らされた。
短絡的で直情径行な子の夢や理想に反対する親の考えとは、子の思う2手も3手も先を読んでいるばかりでなく、ぺしゃんこに打ちひしがれてしまった子の逃げ道さえも、さりげないように見せて、その実周到に用意してくれていたものだったのだ。
私も2人の子を持って親になったつもりではいたが、あの時の私の父親の「大きさ」を知ってしまった今、今の私には、父親としての資質が到底足りているとは思えなくなってしまった。
いや、そもそも、こんな私が父親になってしまって良かったのだろうかと、2人の子どもたちや妻に申し訳なく思い、今更ながらに思い悩んでしまう。私は、家族にとって、どんな風に映っているのだろうか。
しかしである。全ての年長者が、ただ単に年を取ったからと言って、相手の心の内を覗ける千里眼を持った存在、言わば、仙人みたいな存在になれるわけではないはずだ。
なぜなら、赤の他人の行動が全て読み取れるのであれば、この世の中はこんなにもギスギスしてはいないだろうし、誰もが人間関係の機微に思い悩むこともあるまい。
となれば、あれは親子故に通じ合える感覚であって、似通った思考に基づく似通った経験則から推察できたもの、つまりは、これこそが私たち一族が連綿と紡いできた、DNA、遺伝子のなせる業(わざ)なのかもしれない。
そこまで考えて、ここで私の脳裏にひとつの仮説が浮かんだ。
私の企んだ家出の狂言、それが、父親から受け継いだDNAによって引き起こされていて、所謂、父親にとって想定内の事象だったとするならば・・・、私の父も遠い過去に、その似通ったDNAによって、家出とまでは言わないまでも、私と似通った何らかの経験、何かから逃げ出したことがあったのではないか、という考えである。
そうだ、そうに違いあるまい。だからこそ 父は直感的に「本当は上京したくない私」を一瞬のうちに感じることができたに違いない。
いや、待てよ。あれは、感じたのではないかもしれない。そうだ、気づいたのだ。いや違う、そう、思い出したのだ!間違いない。
父はあの日、私の狂言家出というフィルターを通して、博士の言うところの「作られた記憶」の存在に気づき、封印したはずの本当の過去を「自力」で思い出したのだ。機械や博士などには頼らずに。
まさに子は、つまり、父にとっての私は、自らを、自らの人生を映し出す鏡だったのだ。
「は、博士、お願いがあるのですが・・・」
それまで自分の世界にどっぷりと入り込んでいながら、突然向き直った私にちょっと驚いた風の博士だったが、興味深げにこちらを見やった。
「なんでしょう?」
「先程の場面なんですが、もう1度見させてもらいたいのです。
できれば、か、角度を変えていただいて」
「ほう、角度をね。お安い御用ですが、どのように変えますか?」
私は、富士駅のホームを急ぎ足で私に近づく父を、正面からアップで捉えて欲しい旨を博士に説明し、数分の調整の後、私の希望する映像が画面に映し出された。
ベンチに腰掛けた私を見つけ、背後から急ぎ足で近寄る父。しかし、父は、私の手前数メートルの位置で、ふと、歩を止めた。父の表情が、焦燥から安堵、そして驚愕へとめまぐるしく変わる。
やはり父は、この場で自ら封印した過去を解き放ち、そして、それを受け止めんと、自らと闘っているのだ。
一瞬の逡巡の後、父が私に向けた眼差しは、全てを包み込むような慈しみに満ち溢れていた。
それは恐らくほんの数秒でありながら、信じられないほどの深い過去との邂逅により自らと向き合い、そして、何かを覚悟したに違いないと信じるに足る表情であった。
第11回「過去と向き合う」へつづく
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