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2019年11月24日

割れ鍋に綴じ蓋 ―ワレナベニトジブタ― 第8回 加害者も被害者もあなた自身

朝、旅立ち.bmp例えばです。百科辞典の中から必要ないくつかの情報を得るのに、どれだけ暇な人だって1ページ目から順番に調べる人はいません。索引や目次を使ってなるべく早く情報を得ようとします。しかし、頻繁にその情報が必要な場合だったら、どうでしょうか。毎回毎回、同じような手順で索引や目次から検索するのは、どう考えたところで時間の無駄としか言えません。必要な情報が何ページだったのかを記録しておけばいいのです。(本文より)



割れ鍋に綴じ蓋  ―ワレナベニトジブタ― 
第8回 加害者も被害者もあなた自身


 複数の記憶をコピーして、簡便にまとめ、それをいいとこ取りに合成して、新たな抽斗を作り出す。分かったような、分からないような説明だ。
 私の顔色を察したのか、博士は続けた。
「例えばです。百科辞典の中から必要ないくつかの情報を得るのに、どれだけ暇な人だって1ページ目から順番に調べる人はいません。索引や目次を使ってなるべく早く情報を得ようとします。しかし、頻繁にその情報が必要な場合だったら、どうでしょうか。毎回毎回、同じような手順で索引や目次から検索するのは、どう考えたところで時間の無駄としか言えません。必要な情報が何ページだったのかを記録しておけばいいのです。
 しかし、より以上頻繁に利用する場合、鈴木さんならどうしますか?そうですね、ノートやメモ帳にその情報を書き写しますよね。そしてその後は、その情報が必要な時は百科辞典ではなく、そのノートやメモ帳を見るだけで同様の情報を得られる訳です。
 我々に必要なものは、情報、つまり記憶の内容であって、この情報の出典、出どころなどではないのです。
 しかも、ですよ。そのノートに書き込まれている情報の全てが必要ではない時、必要な部分のみを抜粋して、他の情報と組合せておけば、その効率は、格段とよくなる訳です。この抜粋して組合せた情報が、新たに作られた抽斗です」
 私は理解し、頷いたものの、少しばかり引っ掛かることがあった。
「でも、ちょっとだけお伺いしたいことがあります。世間の百科辞典に載っているのは、人類の長い歴史の中の事実に基づいた客観的な記述ですよね。しかし、私たちの記憶などは、十人十色の主観的なものです。これらは、単純に置き換えられるものなんでしょうか?」
 博士は、ちょっと驚いたような表情をして、次に頭を掻いた。
「いやいや、あなたは実に素晴らしい。過去最高の顧客です。ふふふ、タカハシくんよりも数段鋭い所を突いてきます。そう、その通り。鈴木さんの仰る通りです。今のは、その話に移行する導入部でした」
 博士に褒められて、悪い気はしなかったが、逆にこれだけ持ち上げられると、これが結構のプレッシャーとなる。滅多なこと、頓珍漢なことは、もう言えまい。
「ご指摘の通り、個々の記憶というものは、実に主観的なものです。ある事実が、見方によっては悲劇でもあり喜劇でもあるのと同様、それぞれの記憶の価値観は、多種多様、千差万別です。ある人にとっては重大な事実も、ある人にとっては無意味であり、ある人の大切な思い出も、ある人には記憶にすら残らない。また、それと共に極めて重要であるのが、記憶の管理者、つまり我々が、ええカッコしいだということです」
「え、ええカッコしい、ですか?」
「そうです、皆、ええカッコしいです。平たく言えば、私も鈴木さんも、ジーザスやお釈迦様なんかとは程遠い、欲得や煩悩にまみれた俗な人間だということです。勿論、私や鈴木さんだけではなく、地球上の誰もがそうです。
 でも我々は、それだからこそ、それ故に、自分を特別で崇高な存在、唯一無二の存在であると思いたいのです。人は誰もが自らの存在価値、存在理由を肯定したいのです。
 ところが、現実に眼を向けてみるといかがですか?自分なんて、どう見積もっても十把一絡げのその他大勢でしかありません。それでも人は、ほんの少しでも、ほんの僅かでも、自分を価値の高い特別な存在であろうと足掻くのです。そう、いろいろな言い訳やシチュエーションを作り出しては、自分を正当化、美化しようとしているのです。
 記憶とは、事実の積み重ねではなく主観の積み重ねであり、その主観は常に自分の価値を高めるよう美化されています。鈴木さんが何を正当化し、美化したかは、お分かりですね」
 私は、ゆっくりと頷いた。
「そう、ご想像の通り、画家になる為の家出未遂事件です。しかし、これは正確には、家出の狂言です」
「きょ、狂言ですか・・・」
「言い方はちょっときついかもしれませんが、行う意志もない見せ掛けだけの行動です。これは、何者かを欺く為の狂言以外の何物でもありません。ただし、本件の場合、それが誰を欺くための行動だったかというのが、大きなポイントとなってきます」
「・・・・・」
「そう、本件は、加害者も被害者もあなた自身です。あなたは、あなた自身を欺いたんです。自分は上京して画家になりたかったと思い込ませたのです。
 では、なぜあなたは、自分を欺かなければならなかったか?過去から現在、未来に向かって3つの理由があります。一つは、それまでの過去の自分の思想、行動を正当化する為、更に、現在の自分がなるべく傷つかないようにする為、そして、将来の自分への言い訳の為にです。
 但し、これは一瞬で行われる訳ではありません。そんなに都合よく頭が切り替わる訳ではありませんし、仮に出来たとしても、一時的で弱い記憶にしかなりません。こう言ったものは、かなりの時間を経て、じっくり構築されるからこそ、強固なものになり得るのです。
 ここで、先程説明させて頂いた新たな記憶の抽斗の話に戻ります。頻度が高い思い出を、コピーをし、要約をし、合成をし、バイパスを作る。そんな作業が時間の経過と共に何度となく繰り返される訳ですが、誰もがご存知のように、コピーのコピーは劣化します。濃淡の鮮明さが失われて、コントラストばかりが強くなります。
 また、合成された記憶の中で特定の事実さえ無くなれば、他の記憶との繋がりに不自然さや矛盾が無くなると感じると、不要なパーツは、いつしか淘汰、排除されていくのです。
 鈴木さん、あなたが排除したパーツ。そう、それこそが、西条由紀さんなのです。

第9回「私と父と」へつづく




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posted by maruzoh at 21:29| Comment(0) | ◆割れ鍋に綴じ蓋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町 誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジャー・ウォブルさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
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