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2018年07月08日

その8 ココロニア建国史 独唱/こころ王国「まりなさんと王様」

まりなさんと王様.pngもうほんの少しだけ、せめて10秒間、まわりの大人がタカシくんに時間をあげられたら、きっと、違うタカシくんが顔を見せていたに違いありません。流れている時間は万人に共通に見えますが、実はそうではないんです。押し付けられた時間に対応できる人もいれば、そうでない人もいます。それは決して人の優劣に関係するものではありません。(本文より)



こころ王国「まりなさんと王様」 
その8 ココロニア建国史 独唱


 王様は熱く語りすぎて、のどが渇いてしまったのでしょう。ベンチのすぐそばの水飲み場に歩み寄るとコックをひねり、冷え切った水をおいしそうに飲みました。
 執事長がハンカチーフを持って駆け寄ろうとしましたが、王様はそれを制して右手の甲で濡れた口を拭うと、またゆっくりとお話を始めました。
「正直言いますとね、まりなさん。その頃には、私たちにはそこそこのお金があったんです。莫大というほどのお金ではありませんけれどね。
 ですから、お金で解決させようと思えば、いくらでも方法はあったんですよ。でもそれじゃあ、ミイラ取りがミイラになるようなもんです。どこかの大国が世界の核兵器の削減や廃絶を世に訴えても、自分の国の核兵器はしっかり確保している、これでは、説得力ゼロというのと同じですよね。
 私たちは、それと同じことをしたくはありませんでした。私たちらしいやり方、やさしさやあたたかさで戦う方法はないかと、仲間全員で夜を徹して話し合いました。本島の人たちの心の芯を揺さぶるような、あたたかさや、やさしさを感じさせるのは何か。それでいてお金や権力のちっぽけさを感じさせるような、インパクトのあるものは何か。私たちは、そんなものを探していました。
 なかなか結論が出ませんでしたが、やはり芸術的なアプローチが良いのではないかという意見が多く、島の画家や彫刻家の作成するモニュメントを本島に運び、その前で文部大臣のピアノ演奏と声楽家の独唱、もちろん音楽は詩人や作曲家によるオリジナルです。それに合わせて舞踏家が舞い、最後は島民全員の合唱でフィナーレを迎える・・・という案に皆の意見が傾きかけました。
 しかし、私には何かピンと来ませんでした。確かに、迫力もあり、それなりの効果はあるでしょう。私たちがカルト集団でないことも証明されるに違いありません。でも、何かが違うんです。
 そう、これじゃあ まるで、感動しただろう?芸術って凄いだろう?それをやってる私たちは、もっと凄いだろう?だから、私たちの言い分の方が正しいんだって、そう言ってるようなものじゃないですか。
 芸術とか、創造とかは、人を感動させるものでははありますが、そんなに威圧的なものではないはずです。感動とは、むしろ内面からじんわりと来て、心の中に広がってきて、抑えきれなくなってしまう、そんなものじゃあありませんかね。あっちを向いている人を無理矢理振り向かせるだなんて、これじゃあまるで、私たちの戦おうとしている相手と、全く同じではありませんか。
 ここでお話が少し寄り道します。本島から逃れてきた若夫婦、つまり執事長夫妻についてお話します。
 彼らは、当時30代半ば過ぎでしたが、結婚が比較的遅く、小学校に上がる前のお子さんがいました。そのタカシくんは、おとなしいというか、引っ込み思案で、とてもシャイな、人前で話すことなどは、ごく稀な子だったそうです。
 そう、島に来た当初のタカシくんは、人前では、いつもお母さんの陰に隠れて、そっと後から見ているような、そんな印象でしたね。
 タカシくんの家族は、それを気に病んでおり、特にお祖父ちゃん、3人の長老の1人ですな、彼はタカシくんのお母さんに対して、お前の教育の仕方が悪いとしょっちゅう怒鳴っていたそうで、タカシくんは子供ながらに自分のせいで母親が怒られていると感じてか、より殻に閉じこもってしまったようです。
 執事長夫妻が、私たちの島に亡命したのも、そんな背景があった訳なんですが、しかしタカシくんは、引っ込み思案な反面、非常に繊細な感性の持ち主でした。特に、音楽には目を見張るものがありました。
 それまでのタカシくんは、自分の表現の仕方がわからず、戸惑っていただけだったのではないでしょうか。漁業しか産業のない本島では、繊細なタカシくんの感性を受け入れるような機会がほとんど無かったのかもしれません。
 それと共に、ここにも現代社会の価値観が顔を出しているのだと私は思うんです。スピード重視の現代社会では、質問されたことに対して、感じたことを形にして発しようと、タカシくんが考えをまとめている最中に、せっかちに答えを求められてしまう。まだ考えのまとまっていないタカシくんが困ってモジモジしていると、この子はおとなしすぎるだとか、内気すぎるだとか、自分に流れている時間の尺度でしか相手を判断しようとしない。
 もうほんの少しだけ、せめて10秒間、まわりの大人がタカシくんに時間をあげられたら、きっと、違うタカシくんが顔を見せていたに違いありません。
 流れている時間は万人に共通に見えますが、実はそうではないんです。押し付けられた時間に対応できる人もいれば、そうでない人もいます。それは決して人の優劣に関係するものではありません。
 その証拠に、時間のゆっくり流れている私たちの島では、タカシくんは、何の問題もなく会話していましたし、それはきれいな声で、歌まで歌っていました。タカシくんは、自分の時間と表現方法を私たちの島で 見つけたんですな。
 そこで、私は仲間たちに提案しました。本島の皆さんの前で、タカシくんに大好きな歌を歌ってもらおうと。あの大人しくて、引っ込み思案だったタカシくんが、これだけ変われるんだと皆に伝えたかったのです。
 私の提案は、仲間には受け入れられましたが、問題は、当のタカシくんです。私たちの前だけでなく、本島の皆の前で歌ってくれるでしょうか。
 私は、やっと心を開いてくれたタカシくんに、無理強いをしたくはありませんでした。ようやく開いた心を閉じさせるような真似だけは、したくはなかったのです。
 やがてタカシくんが、執事長夫妻に手を引かれて、私たちの前に姿を現しました。私は、一切の説明をせず、タカシくんに言いました。「タカシくん、本島のみんなの前で、君の大好きな歌を歌ってみたくないかい?」その答えに、私は正直驚いてしまいました。仲間たちも、特に執事長夫婦は、さぞ驚いたことでしょう。
 タカシくんは、目をキラキラさせてこう言ったのです。「えっ、いいの?僕、みんなの前で歌えるの?お願い、僕に歌わせて」私は、思いました。 
 人間は、変われるんです。ほんの些細なきっかけと環境で、変われるんです。誰もが、自分という存在を知ってほしいんです。
 本当は誰だって、このあくせくした世の中で個性を押し殺して生きたくなんてないんです。何者かによって押し付けられた価値観の中で、自分に合わないはずの尺度でしか評価されないなんてあまりにも悲しいじゃありませんか。
 本当の自分であることが、罪である世の中でなんて。
 私はこの時、独立戦争の勝利を確信しました。
 ちょっとしたコンサートホールが私たちの施設にあります。早速タカシくんは、文部大臣のピアノをバックに、大好きな、そして自慢のあの歌の練習を始めました。まりなさん、タカシくんは、何を歌ったと思いますか?」
 まりなさんには、その歌がなんであるか、すぐわかりました。そして、こぼれるような笑顔で、王様にこう答えました。
「王様も、丸蔵さんも、もちろん私も大好きな、『朧月夜』ですよね・・・」
「ふふふ、そう、そのとおりです。あの歌は、私たち王国民にとって、国歌と言ってもいいほどの思い出の曲なんです。
 コンサートホールに響くタカシくんの歌を聴いていたら、芸術家集団を気取って、モニュメントやら舞踏やらと言ってた自分たちが、とっても恥ずかしくなってしまいました。やっぱり、私の感じていた違和感は間違いなかった、そう改めて感じましたよ。
 そして翌日夕方、ついに私たちのやり方による、やさしさとあたたかさによる反撃が始まりました。私たちは、エレキピアノ1台とPA機材を船で運んで、本島の小学校のグランドにそれをセッティングしました。
 と同時に、何名かが手分けをして、若夫婦2人とタカシくんが半年振りに島に戻ってきた旨を拡声器を手に島中にふれて回りました。
 当初は、疑心暗鬼で遠巻きに見ていた本島の人たちも、執事長らの姿が確認できると、その輪は徐々にせばまって、執事長らの周りに十重二十重の人垣ができていきました。
 私たちは、長老3人が集まるタイミングを計っていました。そして、執事長の義理のお父さんがもったいぶって、最後に出てきたのをキッカケに、文部大臣のピアノが奏でられたました。

   菜の花畠に 入り日薄れ
   見わたす山の端(は) 霞ふかし
   春風そよふく 空を見れば
   夕月かかりて におい淡し

 それにしても、あの日のタカシくんは、それはもう素晴らしかった。以前のタカシくんしか知らない本島の大人たちは、最初は、あの引っ込み思案のタカシくんがと、鳩が豆鉄砲をくらったように目をぱちくりさせていましたが、それが段々と、純粋に音楽に対する感動に変わっていく様が、私の目にもはっきりと映っていました。私のタカシくんが変わったことを観てもらおうなんて考え自体が、とても陳腐なものに思えたほどでした。
 長老たちはと言うと、言葉も発せずじっと黙って聴き入っていましたが、あの執事長の義理のお父さんの瞳が潤み、一滴(しずく)の涙が流れ出したと思うや嗚咽を漏らして泣き崩れてしまったではありませんですか。

  里わの火影(ほかげ)も 森の色も
  田中の小路を たどる人も
  蛙(かわず)のなくねも かねの音も
  さながら霞める 朧月夜
   「朧月夜」 作詞 高野辰之  作曲 岡野貞一

 2番の歌詞を歌い終わった時、執事長の義理のお父さんは、滝のように流れ出る涙が禊(みそぎ)となったのでしょう。謀略を用いてまで既得権にしがみつく「島の長老」から、タカシくんの「おじいちゃん」に戻ることができたのです。タカシくんのおじいちゃんの涙はきっと、かの日私たち仲間が流した涙と同じ味がしたに違いありません。辺りは、燃えるような一面の入日色に染まっていました」
 王様は、ここでやっと近くのベンチに腰掛けました。
「選挙が迫ってきましたが、実は、次の選挙は、行われませんでした。長老たちが、立候補者を3人しか立てなかったのです。どういうことかわかりますね、まりなさん」
「ココロニアの人たちが、4人無投票で」
「その通りです。長老たちは、私たちに勝ちを譲ってくれたのです。
 まあ、そこには、あのタカシくんの独唱の日以降、私たちに吹き始めた追い風の中の選挙では勝ち目がないと踏んで、本島の住民の前で赤恥をかくよりも、私たちの思いを受け止めてあげられる、話のわかる長老を演じた方が得策だとの計算や、独立を公然と口にしていた私たちと争うより、とっとと独立してもらって本島との縁を切りたいとの思惑があったのかもしれません。
 私は先ほど 人間は変われると言いましたが、肩に重いものをたくさん乗せてしまった人は、荷物を下ろすのにも時間がかかるのかもしれませんね。
 もともと私たちは、私たちの居場所が欲しかっただけですし、本島や本土の人たちの考えを変えようだなんて、そんな思い上がったことは考えていません。私たちは未だに、来るものは拒まず、そして、去るものは追わずのスタンスを崩していません。
 分かって欲しいとは思いますが、私たちの考えを押し付けるのは、違うと思うんです。でも、理不尽な圧力や要求には、断固として闘います。但し、私たちのやりかたでね。
 つまり、ふふふふ、不肖の息子の申し出がお気に召さないのでしたら、いくらでも断っていただいても結構ですから」
「と、父さん、それはまた別の話でしょう・・・」
 脇で聞いていた丸蔵くんが、笑って遮りました。
「まあ、冗談はさておき、私たちはようやく、独立をする権利を勝ち取ったわけですが、その先には、都議会の承認という壁が待っているはずでした」
 「はずでした、というと、まさか、すんなりいってしまったのですか?」
 まりなさんの問いに 王様は黙って頷きました。でも、まりなさんの疑問ももっともです。法務大臣の話では、議会の議決を経なければならないとされており、議決とは、議席の過半数を獲得することのはずです。
「人間とは、なんと肩書きや名声に弱いものか。私は、自分達に有利に進む状況の中でも、そんなことを考えていました。都知事や都議会、文化人と言われている人たちは、私たちの独立の申請を「文部大臣をはじめとするその筋ではある程度名の知れた芸術家集団が、自治によりより才能を発揮できる場を求めている」と捉えたようです。
 彼らとしては 都や議会は芸術の振興に力を入れている、或いは、芸術に対して理解があるという都民や国、様々な団体へのパフォーマンスがあったのでしょう。私たちの独立が、こちらの意図とは違った尺度で論じられ、圧倒的な支持を受け議決されたことは、私たちにとって、ちょっと皮肉でしたな。
 ココロニアという「村」の名前にしても、自治体の町村合併ブームによって変わった名前の市町村が出始めた頃でしたから、特に問題視されることはありませんでした。
 周囲の思惑との温度差はさておき、私たちのココロニア村は、一昨年の1月1日を以って、正式な地方自治体として、その一歩を踏み出したのです。長いようで短い、また、短いようで長い道のりでした。
 まりなさん、信じれば、とことん信じて、実現のために何をすべきか考え、実現のためにでき得る限りの努力する。そして 挫けそうになっても諦めない。絶対に、絶対に、諦めない。諦めさえしなければ、夢は、いずれ叶うものなんですね」

その9へつづく




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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町 誕生日/9月7日 乙女座
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とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
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