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2018年06月09日

その5 ココロニア建国史 黎明期/こころ王国「まりなさんと王様」

まりなさんと王様.png 「まりなさんの疑問ももっともです。まるきり初対面の方に、私は国王です、などと言えば、九分九厘相手は驚き、誇大妄想か何かだと思うでしょう。あの日のマスターのようにですな。しかし、まりなさんが見ているように、私や執事長や文部大臣は夢でも幻でもありません。となれば、現実にココロニアは存在しているということになります。ただし、です。まりなさんの質問、実在の国かという問いに対しての答えは、イエスでもあり、また、ノーでもあります」(本文より)



こころ王国「まりなさんと王様」 
その5 ココロニア建国史 黎明期


 話に一区切りをつけた丸蔵くんは、ブランコから立ち上がると、まりなさんの方に向かって歩き出しました。公園入口の木立の脇に黒塗りの高級車が停まったのに気がついたのです。
 ダンテBARで見た執事長がさっと後部のドアを開け、ココロニア国王とピアニストの文部大臣が現れました。ライブの興奮からでしょうか、立派なヒゲの顔は、やや上気したように見えます。
「丸蔵、いろいろ、ご苦労だったね」
「いえ、父さんも文部大臣さんも、お疲れさまでした」
 丸蔵くんはちょっと、いえ、かなり照れながらプロポーズのことと、熱田家の温かな名前のことを王様に話すと、王様は左手で髭をなでつけながら言いました。
「ふうむ、ココロニアのお話ですか?まりなさんが知りたいというのも当然の話です。宜しい、そこから先は、私が責任を持ってお話しましょう」
 王様は、ふうっと一息つくとまりなさんの方に向き直りました。
「まりなさん、先程は随分心配してしまいましたが、お電話の笑い声の様子ですと、もう大丈夫のようですな。風がだいぶ冷たいですが、寒くはありませんか?」
 まりなさんは、大丈夫です、と答えましたが、王様は執事長に、何か上に羽織るものを持ってくるように言いました。
 執事長が車から持ってきたものは、まりなさんにはなんの毛皮か想像もつきませんでしたが、それはそれはふわふわとして、驚くほど暖かなコートでした。
 執事長にコートをかけてもらったまりなさんは、王様に礼を言い、そして、こう聞きました。
「王様、もし、気を悪くされたら、申し訳ありません。わたしは・・・、ココロニア王国という国の名前を、テレビのニュースでも、新聞でも、インターネットでも、今まで1度だって、聞いたことがありませんでした。
 あの霧雨の日から私も多少は調べてみたのですが、ココロニア王国は、やはりみつかりませんでした。あれは、私の見た夢か幻だったのかとも思いましたが、あの日頂いたココロニア金貨は、本物でした。
 そして、今晩です。このコート、高級車、そして、王様や執事長さんや、文部大臣さん。それらが今、わたしの目の前に現実として存在しているのです。
 これが夢や幻で無いとすれば王様、ココロニアは、本当に実在する国なのですか?」
 王様は、うんうんと頷きながら話を聞いていました。そして、以前と変わらぬ、落ち着き払った声で言いました。
「まりなさんの疑問ももっともです。まるきり初対面の方に、私は国王です、などと言えば、九分九厘相手は驚き、誇大妄想か何かだと思うでしょう。あの日のマスターのようにですな。
 しかし、まりなさんが見ているように、私や執事長や文部大臣は夢でも幻でもありません。となれば、現実にココロニアは存在しているということになります。ただし、です。まりなさんの質問、実在の国かという問いに対しての答えは、イエスでもあり、また、ノーでもあります」
 まりなさんの怪訝そうな表情を察した王様は、すぐに続けました。
「なぜなら、ココロニアは、独立国家としては、まだ存在してはいませんが、
国家としての機能を備えた地方自治体として、存在しているからです」
「ち、地方自治体って・・・?」
「そう、地方自治体です。 東京都下の伊豆諸島にあるココロニア村です。ですから、日本国から見れば、私は、村長ですな。現在、日本国からの独立を然るべき部署に対し申請しておりますが、いまだ日本国からの誠意ある回答は、受けておりません」
「・・・・・・・」
 地方自治体。ココロニア村、独立。まりなさんは、今日何度目かのびっくりで、また、声を失ってはいましたが、もう頭が真っ白になるようなことはありませんでした。まりなさんは、自分に段々と驚きに対する免疫ができてきていることを感じていました。
 王様は、更に続けます。
「まりなさんの疑問にお応えするには、ココロニア王国の建国から現在に至るまでをお話しするとしましょう。それが、私たちのことを理解する為の一番の近道です」
 王様は、ゆっくりと歩きながら、まるで、昔話を子供に聞かせるように語り始めました。
「私が貧乏絵描きだったことは、丸蔵から聞きましたね。そして、妻と出会い、結婚したことも。私達は、確かに物質的には貧しかったかもしれませんでしたが、とても、そう、とても満ち足りた暮らしをしていました。
 私は、看板屋さんのアルバイトをしながら絵を描き、妻は、スーパーのレジのパートをしながら小説を書いていました。夢を語り合い、その夢を決してあきらめることなく、2人の名前の通り人にやさしく、あたたかくあろうと、2人で支えあい生きていました。
 そんな私たちをたくさんの仲間が慕ってくれ、私達の6畳一間のアパートには、いつもと言って良いほど、私たちと同じ画家や小説家の卵たちや詩人、役者、音楽家や写真家などの若者が集まっていました。妻は、料理が得意でしたからな。妻の料理をつつきながら、お酒を飲んで、互いの将来を語り合ったり、芸術論を戦わせたりしていました。
 みんな、いつもお金があるとは限りませんでしたから、ある人が出す、無い人はある時に出すといった具合に、いつの間にか暗黙のルールができあがり、謂わば、住居は別ですが、コミュニティー的な空間が、自然発生的にあの狭い6畳間に出来上がったわけです。
 私も、妻も、まあ世話好きと言いますか、食えない若い連中、まあ、当時は私達も若かったですが、困ってる仲間を、何とかしてやりたいという一心で、来るものは拒まず、去るものは追わずというスタンスで、誰彼を特別扱いすることなくやっていましたから、数年が過ぎると、アパートに出入りする仲間も、結構な数になっていました。中には、同じアパートに越してくる仲間も出はじめて、さらに数年が過ぎると、アパートの住人は、そっくり私たちの仲間になっていました。まるで、手塚先生のいた「ときわ荘」もどきでしたよ。
 それと共に、その仲間たちの中から、チラホラと花が咲き、実を結ぶ連中が出てきました。その第1号が、ほら、あそこにいる・・・」
 王様は、振り返ってブランコの近くを指差しました。
「も、文部大臣さん・・ですか?」
 王様は、まりなさんの言葉ににっこり笑い、大きく頷きました。
「さよう。文部大臣のピアノの腕前をまりなさんは、まだ、お聴きになっていませんでしたな。それは、大したものですよ、今度、教わるといいでしょう。
 彼は、日本でこそ、そんなに知名度は高くありませんが、欧州では、知る人ぞ知るといったピアニストです。そうだ、ピアノを弾いているまりなさんだったら、恐らく耳にしたことくらいはあるでしょう。彼の名前は・・・」
 そう言って、王様はまりなさんに、ある名前を告げました。
「ええっ、ほ、本当ですか?そ、そんな、私の目の前にいるのが、あの・・・」
「まあ、彼に言わせると、欧州での演奏は、観光旅行ついでみたいなもんらしいのですがね。
 文部大臣の他にも、絵や小説が売れたりした者もいました。売れた連中の大半は、それと同時に私達の元を去っていきました。まあ、私達夫婦は、別に見返りが欲しくって彼らの面倒を見ていたわけではありませんでしたから、可愛い生徒が卒業するような気持ちで、彼らの活躍を心から祝福して、彼らを送り出したもんでした。
 ところが、中には文部大臣のように、それまでと全く変わらぬ付き合いをする連中もいました。彼などは、あの6畳間にずっと居候してたんですから。むしろ、出て行ってしまった人たちの方が、俗に言う「一発屋」で終わってしまったり、周囲の過度な期待に潰されてしまったりするのと違って、う〜ん、お金や名声に執着が無いからでしょうかね。残っている連中は、目を見張るような活躍はないにしても、自分のやりたいことは、徐々にできるようになっていましたな。
 私と妻ですか?私達は、2人とも売れませんでしたなあ。ただ、負け惜しみで言う訳ではありませんが、私達はもう、世間の評価だとか、お金だとかには、その頃から興味が無くなっていましたな。仲間の成長や成功、挫折や失敗を、見守ったり、励ましたりしてていく方が、私達の性分に合っていたんですな。
 丸蔵が小学校に上がる年ですから、そう、今から20年も前になりますかな。日本中がバブルという熱病に浮かれあがっていました。私達のあのアパートも、その影響、そう、地上げにより解体されることになりました。
 私達仲間は住む場所を失うことになってしまいましたが、その時、文部大臣をはじめとする仲間たちが、私達に、ある提案をしてくれたのです。
 提案してくれたのは、今の文部大臣、法務大臣、建設大臣ら、自分で生計の立てることのできる一部の仲間でした」
 王様の言葉に対し、首を傾げたまりなさんが質します。
「文部大臣さん以外にも法務大臣や建設大臣って、もしかして、法律家や建築家の方ですか?王様の仲間は私、芸術関係の方ばかりかと思ってました」
「確かに当初は、そうでしたな。画家、作家、役者、音楽家が多かったですな。でも、別にルールを決めてやっていた訳ではありませんでしたから、いつ頃からでしたかな、とにかく夢を追っている人、あきらめない人、そして何より、あたたかさを求める人であれば、それがどんなものであろうと、来る者を拒むようなことは、ありませんでしたね。司法受験生や建築士の卵、お医者さんのインターン、はては、学者や発明家なんて人たちもいました。
 お察しのとおり、法務大臣は、ゼロからの挑戦で司法試験に合格した弁護士。建設大臣は、同様に苦難の末になった一級建築士です。法務大臣は、イソ弁、つまり居候弁護士、事務所に雇われている開業していない弁護士ですな。建設大臣は、企業の中の設計士。つまり、彼らは、将来独立開業の志を抱いた夢多き人たちでした。
 彼らは、自身の夢を叶えるため、それぞれお金を貯めていました。文部大臣は、指に吸い付くような鍵盤のピアノを買うために、法務大臣や建設大臣は、事務所開設のために。彼らは、そんな大切なお金で、私たち夫婦の為に郊外のアパートを購入するつもりだから、管理人になってくれと言ってくれたのです。私たちは、涙が出るほど感激しました。いえ、その話を聞いたときには、実際に私は泣いてしまいましたよ。
 それから私たちは毎日毎日、仲間とともに適当な物件を探して回りました。当時、私たちの仲間の数は、仲間の仲間等を含めるとなんと、100人近くまで増えていました。アパートに常時いる人間だけでも40人は下りませんでしたから、それ相応の建物の規模と施設が必要でした。
 特に、仲間の各々が創造や勉強に使用できるスペース、語り合うスペース、食事を賄えるようなスペースの確保を主眼に置き、埼玉や千葉、群馬や栃木にまでも足を伸ばしましたが、ちょうどバブル崩壊の直前の時期で地価は高騰の絶頂でしたから、なかなか私たちの予算に見合う物件は見つかりませんでした。
 ところが、アパートの取り壊しを間近に控えた夏の終わり、降って湧いたような夢のような話を建設大臣が持ってきました。当時、建設大臣が勤務先で担当していた仕事、伊豆諸島の無人島をリゾート開発する計画が、資金難により施工途中で頓挫し、二束三文で売りに出されているというのです。
 私たちは、仲間とともにその島の地図、リゾート施設の図面を徹底的に吟味しました。それぞれの専門家がたくさんの意見を交わし、その結果私たちはその施設が、100人以上の居住が可能であること、先ほど申し上げた確保すべきスペースが充分にあること、交通の手段の確保も十分にできること、そして何よりも島では、100人以上の自給自足が可能である、という結論に達しました。
 そして、その年の秋、私たち47人は、第一陣として理想郷に向けて、ついに船出をしたのです」

その6へ続く




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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町 誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジョン・ライドンさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
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