![]() | これまで書き溜めた8作の長編小説を全部書き直してみようと思います。まずは、初めて書いた大人の童話=憧話のこの作品からです。相当変わりました。推敲ではなく完全な改稿です。著作権やイメージ的なことも考えて挿入歌も替えました。愛犬COCOの起床時間が日の出とともに早くなっているので、早朝に少しずつ書いています。時間もかかるでしょうし不定期更新ですが、宜しくお願いします。 |
こころ王国「まりなさんと王様」
プロローグ ダンテBARと王様
街灯に照らされた銀色の霧雨が、風に舞いながら、色づきかけた街路樹をやさしく包んでいるようです。
どこにでもあるちょっとした都会の街角の、ほどよい10月の秋の夜から、この物語は始まります。
ジャズの店「ダンテBAR」。
レンガとアンティークを基調とした小洒落た作りのこのお店は、丸テーブルが6つに、カウンター席が8つ。満員になっても40人足らずの小さなお店です。
店の中央には、古びたピアノが1台。44歳で脱サラしたマスターの秘蔵のレコードと、専属歌手氷川まりなさんの歌と演奏を楽しむお店です。
ところが今日は。
「まりなちゃん、そろそろ看板にしようか?給料日前の霧雨にジャズってのは、どうにも相性が良くないらしい」
このお店の閉店は、いつもは深夜12時を回った頃なのですが、こんな天気の今日は、全くの、さっぱり。11時を過ぎても、お客さんが来る気配さえありません。
「俺の大切なレコードの溝をすり減らすだけの為に、店を開けとくわけにもいかんからなぁ・・・」
今日に限らず、「ダンテBAR」は、それなりの常連さんはいるものの、決して流行っているお店では、ありませんでした。
まりなさんは、このお店で歌いだして半年になりますが、座席が全て埋まって立見が出たなんていう光景は、ほんの数度しか見たことがありませんでした。時給に観客数が歩合でプラスされるはずのお給料も、とてもお友達やご両親に言えるような金額ではありませんでした。
でも、まりなさんにとって「ダンテBAR」は、大好きな歌やピアノの勉強のできる、大切な場所でした。
まりなさんのジャズシンガーになる、という夢を、マスターも心から応援してくれていましたし、ほんの僅かではありますが、ファンと言えるようなお客さんもできました。
「まりなちゃん、表の照明落としたら、軽くモップかけといて」
「はぁい、マスター。終わったら少し練習してもいいですよね」
まりなさんが、入口脇の照明のスイッチに手をかけようとした、その時です。
「おや、失礼。 もう、お仕舞いでしたかな?」
暗がりからちょっぴり太目の人影が現れました。
「いえいえ、大丈夫ですよ。 さあ、ど・・・」
どうぞと言いかけたまりなさんは、息を呑んで、絶句してしまいました。
だって、そこには、王冠にステッキ、真っ赤なガウンに縞のパンツ。どこからどう見ても、正真正銘の「王様」が立っていたのです。
絶句しているまりなさんに向かってその王様風の紳士は、まさにトランプの「キング」のようなヒゲをそっと右手でなでつけて、
「お邪魔でしたら出なおしますが?」
と言いました。
まりなさんは、どう返答してよいものか困ってしまい、カウンターの奥のマスターをチラッと見ました。
「いえいえ、大丈夫ですよ、遅くまでご苦労様です。この時期、もう夜はだいぶ冷えますから大変でしょう。さすがに熱燗はおいていませんけど、ブランデーのお湯割でも作りましょうか?」
どうやらマスターは、この紳士のことを、仕事帰りのサンドイッチマンか、大道芸人か何かと、思っているようです。
でも、まりなさんは、そうは思いませんでした。王冠についている宝石も、真っ赤なマントの生地も、そして、金色のステッキも、どう見ても作り物の安物には見えませんし、何よりもこの紳士の物腰とさりげない威厳、これが、他の誰とも違うような気がしてならなかったのです。
王様風の紳士は、ピアノの正面のテーブル席に腰掛け、マスターお薦めのホットブランデーを丁重に断ると、オレンジジュースを注文しました。
マスターは、テーブルまでオレンジジュースを運んで、メニューを広げて言いました。
「すみませんねぇ。なにぶんジャズのお店なものですから、食べ物と言ったら、サンドイッチ以外は、クラッカーとドライソーセージ、チーズくらいしかないんですよ」
「いえ、ご心配には及びません。食事は済ませてありますので、結構です」
紳士はそう言った後、オレンジジュースにちょっとだけ口をつけてから、まりなさんの方に向き直って言いました。
「それより私は、山田麻里奈さん、いえ、氷川まりなさんの歌を聞きに伺ったのですが、どうでしょう、1曲お願いできませんかな?」
まりなさんは、どきりとしました。
氷川まりなというのは、ステージネーム、いわゆる芸名ですが、この紳士は、なぜ、自分の本名を知っているのでしょう。
「おやおや、これは、失礼。突然のリクエストで驚かせてしまいましたか?
お願いする前に、まず自己紹介をすべきでしたね」
紳士は、席を立つと、銀色の名刺入れから、1枚の名刺を取り出すとまりなさんに渡しました。
まりなさんが心配になったのか、いつの間にかカウンターから抜け出してきたマスターもその後ろから覗き込みます。

差し出された名詞を前にまりなさんとマスターは、思わず目と目を見合わせてしまいました。
「ご、ご職業は、お、王様、ですか?」
「さよう。ココロニア王国の国王ですから、そういうことになりますな」
「で、でもその王様が今日は、どうしてこんな所に?」
そう言ったまりなさんの袖を、後ろからマスターが引っ張ります。
そして、その耳元で、
「ダメダメ、まりなちゃん。こんな手合いは相手にしちゃあ、いけないんだよ。適当なことを言って、早く追い返さなきゃ。やさしくしてあげて、又やってこられでもしたら、他のお客さんとの商売にも関わるし」
と、小声で囁きました。
王様は、そんな2人の様子を意にも介さず、にこやかにまりなさんだけを見つめて言いました。
「どうですか?リクエストは大丈夫ですか?もちろん、それに見合うだけの謝礼はお支払いたしましょう」
「い、いやあ、すみませんね、王様。ウチの氷川は、昨日から喉の調子が、どうも、思わしくなくって・・・」
マスターは、額の汗をぬぐいながら、まりなさんと王様の間に割って入ろうとしましたが、まりなさんは、それを柔らかに遮ると、
「どんな曲が、よろしいですか?どんな曲でも結構ですよ。ジャズに限らず、私の知っている歌でしたら・・・」
と、にこっと笑うのでした。
「そうですか、いやいや、それはありがたい。実は、ちょっと古い歌なんですがな、「朧月夜」をご存知ですかな?」
「オボロヅキヨ?」
首をかしげているまりなさんに王様が説明します。
「作詞が高野辰之、作曲岡野貞一、大正3年の歌です」
するとすかざずマスターが横から割り込みます。
「ネ、ネツダさん。朧月夜って、まさか、『なのは〜なばたけぇに』っていう、あの朧月夜ですか?そりゃないでしょう。ウチはジャズバーなんですよ。いやぁ、たまげた。まさかウチの看板歌手に唱歌を歌わせようってんだからねぇ。それにだいたい、あなたが子どもの頃に教わったような埃を被った歌なんかを、20をちょいと過ぎたばかりのまりなちゃんが知っている訳なんかないでしょうに」
「なるほど、確かにマスターの仰るとおりですな」
頷く王様にまりなさんがスマートホンを取り出しながら言いました。
「メロディは知っていますから、詞さえ調べられば何とかなります。ただ、5分ほどお時間を頂けますか」
マスターがまた何かを言いかけようとしましたが、それよりも早いとこ1曲聴いてもらって早々に帰ってもらった方が得策と思い直したのでしょう。
「そしたら、ははは、まりなちゃん、ちゃちゃっとネツダさんに文部省唱歌を弾いてあげたらいい」
「マスター、恐れ入ります。但し、私の苗字はネツダではなく、熱田神宮のアツタと申します」
暫くスマートホンの画面に見入っていたまりなさんが、ピアノの前の椅子に腰掛けました。
ひとときの静寂の中、雨に濡れた道路を、自動車が走り抜けていきます。その音が遠ざかり、夜の闇に溶けきったのを切欠に、まりなさんの右手が、そっと動き始めました。
菜の花畠に 入り日薄れ
見わたす山の端(は) 霞ふかし
春風そよふく 空を見れば
夕月かかりて におい淡し
里わの火影(ほかげ)も 森の色も
田中の小路を たどる人も
蛙(かわず)のなくねも かねの音も
さながら霞める 朧月夜
「朧月夜」 作詞 高野辰之 作曲 岡野貞一
まりなさんの声は、透き通っています。ひょっとすると、あまりジャズには、向いてないのかもしれません。
でも、「朧月夜」が、更にスローテンポで、ジャジーになったこの演奏には、これ以上ない、うってつけの声の持ち主でした。
さっきまで馬鹿にしていたマスターでさえ、
「ほぉ〜っ、やるもんですねぇ、王様も」
と、王様の選曲の妙を素直に認めています。まりなさんの声と詞の物悲しさと愛らしさと、懐かしさが、聴いている者の心を満たしていくのです。
ピアノがポロリンと鳴って、演奏が終わりました。
「ブラボーッ!素晴らしい、実に素晴らしいっ!」
王様は、興奮を隠さず、両の手が痛くなるほど拍手をしました。
もちろん、隣で聞いていたマスターもです。
「いやあ、まさに意外だ。正直、今まで聞いた曲の中で、1番ぐっと来たなぁ」
顔面を紅潮させて、目をキラキラと潤ませた王様が、興奮で少し高くなったキーで続けます。
「ありがとう、本当に素晴らしかった。私も、遠路はるばるココロニアから参った甲斐があったというものです。うん、これで、私の想いは、核心に変わりました。いずれまた、従者をよこさせましょう」
王様は、何か含みを持った物言いをすると、節目がちにオレンジジュースにちょっと口をつけると、椅子を立ったまりなさんに近づいていきました。
「まりなさん、これは私のほんの気持ちです。オレンジジュースの代金の余りは、あなたへの謝礼です。遠慮なく、受け取っておいてください」
王様がそう囁いて、まりなさんの手に何かをそっと握らせました。
王様はマスターの方に向き直ると、颯爽と出口に向かいました。
「では、マスターごきげんよう。いずれまた、近いうちにお会いすることになるでしょう」
そして、最後にドアノブを手にして、ゆっくりとまりなさんに向かって振返りました。
「まりなさん、あなたのその天から授かった透き通った声、そして、それ以上に透き通ったあなたの心を、大切にするんですよ。では」
そう言うと王様は、夜の霧雨の中に消えていってしまいました。
あまりの堂々たる退場に、マスターはポカーンとしていましたが、ふと我に帰ると、
「し、しまったぁ!無銭飲食だ!」
と叫ぶや、表に向かって走り出しました。
「マスター!待って!」
まりなさんが、マスターを呼び止めました。
「マスター、お、王様が、これを・・・」
まりなさんが、マスターに掌を広げて見せます。
「なんだこりゃ?」
そこには、KOKORONIAという英文字と、心という漢字をかたどった紋章を、月桂樹の葉が囲むデザインの金色の硬貨がありました。
「な、なんだと?金貨のつもりかよ。こんなもんまで作って王様ごっこかい?でも、こんなもんまで作るほど頭がおかしいんじゃ、後は追ってもしょうがないかぁ・・・」
マスターは、そう言って出口の方を一瞥しましたが、まりなさんが首を振っています。
「で、でもマスター、これ、とっても重いんです・・・」
まりなさんはマスターに金貨を手渡しました。ずしりとした重みをマスターも感じたのでしょう。
「な、なんだって?これって、もしかして、本物の・・・金?」
その1 HART LANDへつづく
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