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2011年04月01日

母の書いた小説 「豆 餅」

母のエッセイ.jpgとよは実にくるくる働いた。農事にも、家事にも手抜かりがなく、手早かった。嫁の里子には常に前に立ちはだかる壁だった。長い間には照る日・曇る日人知れず唇を噛んだ日もあったが、教わることも多かった。こちらが心を開けば、相手も自然に心を開いている。年月と豆餅が二人の間の氷をゆっくり溶かしてくれたような気がした。(本文より)




  豆 餅 


 里子は昨年の六月に、九十二歳になる姑のとよを送った。今年の正月はお飾りも餅搗きもなく喪に服した。同居している息子夫婦も孫たちを連れて嫁の実家へ帰り、広い家の中は、いっそうひっそりとしている。
 里子は無口の夫と向きあって座っても、改めて話すこともなくて、また炬燵のある部屋の仏壇の線香を上げに立っていた。明るく笑ったとよの遺影の前に、晩年大好きだった豆餅が供えてある。
「お義母さん豆餅好きだったねぇ」
「歯もないのに、よく食っていたなぁ。よっぽど好きだったのかなぁ」
 とよが豆餅にこだわり始めたのは、ご近所から搗きたてのまだ柔らかい豆餅を頂いた時からだったような気がする。どうしてこんなに好きになったのか不思議だった。里子は
「家では昔から豆餅を搗かなかったねぇ」
 と言って見た。とよが嫁いできた四十年ほど前から家で豆餅を搗いた記憶はない。でもそれが特に気になるほどのことでもないと思っていた。
「とうさんが搗かしちゃくんなかったからね」
 とよのきっとした目が忘れられない。
 餅の中へ海苔と豆を入れて少し甘みをつけた豆餅は当時、ぜいたく品だったのか、男の気まぐれだったのか……。労働力としてはかなり当てにされながら、当時の農村の嫁の立場は、こんなことも自由にはならなかったのだろうか。気丈なとよにもそんな時代が長くあったのか。そこへのんびり屋の里子が嫁いできて、歯痒く思ったことも多かっただろうと里子はいま思い当たるのだった。その頃からとよは少し変わったような気がした。
 里子が買い物に行こうと車を出すのを見て
「豆餅があったら買ってきてくれるかい」
 と家の前で植え込みの草取りをしながら声を掛けることがよくあった。ある時
「わしも一緒に乗っていくか──」
 と言いながら立ち上がった。とよは手早く着替えて小さなポシエットを肩にかけて先回りして車のそばで待っていた。これは母の日に里子がプレゼントしたのに一度も使わないで仕舞いこんでいた物だった。
 帰りには、家に着くのが待ちきれず、バックを開けて
「食べて行くか……」
 と、自分の口に入れ、ちぎって運転する里子の口にも入れてくれる。行儀悪く二人でもぐもぐしながら、昔のとよには考えられないことだと可笑しかった。
 四十代の半ば車の運転免許を取りにゆくとき、女だてらに──と、いやみを言われ続けたのを思い出し、いい気なもんだとも思った。
 この頃、小柄な体が一段と小さくなって、歯のない口をもぐもぐしているとよは、何かと里子を頼りにするかわいいおばあちゃんになった。年を取ったなぁという重いと、明日はどどっーと帰ってくる息子一家を思い、里子は嫁であり姑であるのを実感した。
 市街地が近いので、最近は住宅も多くなったとはいえ、年配の人たちの気持ちは農村のころと変わらない。里子は農家の長男の嫁である。この辺りの当たり前の常識で、とよを看取るのは自分の大きな仕事と覚悟していた。それが九十二歳という高齢にもかかわらず、三日前まで草取りをしていて、眠ったまま旅立ってしまった。
「お義母さんありがとう。いい人生だったね。私にもあやからさせてね」
 里子は心底そう思った。近所の人たちさえ、みんなそう言って泣いた。
 とよは実にくるくる働いた。農事にも、家事にも手抜かりがなく、手早かった。嫁の里子には常に前に立ちはだかる壁だった。長い間には照る日・曇る日人知れず唇を噛んだ日もあったが、教わることも多かった。
 こちらが心を開けば、相手も自然に心を開いている。年月と豆餅が二人の間の氷をゆっくり溶かしてくれたような気がした。
「お父さん、豆餅でも焼くか」
「そうだな、小腹が空いてきた」
 夫もとよを思い出していたのかも知れない。食べながら、ふたりでとよの話をいっぱいしようと思いながら台所に立った。

《完》


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名 前/maruzoh こと 熱田丸蔵
出没地/和光、富士宮、麹町 誕生日/9月7日 乙女座
好きなもの/こども、詩、絵、童話、小説、音楽、お酒、美味しいもの、犬、野球、寺、神社、花、ギター、家族
とても影響を受けた人/灰谷健次郎さん、鹿島和夫さん、ドン・カ・ジョンさん、かしわ哲さん、PANTAさん、ジャー・ウォブルさん、小澤征爾さん、帚木蓬生さん
maruzohより一言/運も、人も、夢だって、欲しがり過ぎると逃げてっちゃう。幸せは、み〜んな天下のマワリモノ。みんなで仲良く分け合おう♪